今年度はクレー関連の未公開資料から特に、当時の作家にして評論家であったカール・アインシュタインの美術史上での重要作である「プロピレン美術史叢書」中の一冊『二十世紀の美術』を俎上に載せ、1920年代後半のシュルレアリスム理解と本質的にリンクするクレー受容を詳細に検討した。手順としてはまず、1926年に刊行された『二十世紀の美術』第1版を採り上げ、アインシュタインの当時のクレー理解が、カンディンスキーに較べれば遥かに好意的なものであるとは言え、それでもなおその主観性の過剰故、幾分かの留保が付いていることを確認した。次いで、1931年に刊行された『二十世紀の美術』第3版に注目、そこではクレーに関するテクスト、図版の大幅な増補、クレー作品に関する、より積極的な評価など、第1版とはかなり異なった視点が導入されたこと、即ちクレーに対する急激な評価切り上げの行われたことを確認し、アインシュタインがクレー作品に「恍惚」、「幻覚」、「夢」など、シュルレアリスム、そして1920年代後半期のパブロ・ピカソの作品を評価するのとほぼ同様のフォーマットをもって組み立てられていることを分析した。続いてアインシュタインの1920年代後半のクレー理解の唐突な変化をめぐって為された先行研究を整理し、同時に本報告者によって調査された、クレーとアインシュタインの往復書簡をも参看し、アインシュタインのクレー理解が1926年と31年の5年間にどのように変化したかを探っている。
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