15世紀から16世紀にかけてのイタリアで著述された主要な美術文献に見られるジャンル概念を調査し、この時期のイタリア美術論におけるジャンル概念の変遷をあらまし辿った。 ルネサンス美術論の嚆矢となったアルベルティの『絵画論』では「物語絵(historia)」だけが話題となるのにたいして、16世紀末には、ボルギーニの『リポーゾ』に見られるように「物語絵(historia)」だけでなく「詩的絵画(poesia)」も論じられるようになる。つまり16世紀の間に美術のジャンル概念が一般に普及したのである。 16世紀初めのヴェネツィアではすでに、ティツィアーノの神話画は「詩(poesia)」と呼ばれ、宗教画(devozione)や歴史画(istoria)と区別されていたが、この区別は、16世紀半ば、対抗宗教改革運動の中で登場した聖職者たちによる一連の美術論でジャンルとして確立した。これらの著作は基本的には宗教画における「適正さ」を論じるものだったが、同時に、画家の自由との関係でジャンルの違いを強調し、その区別を人々に意識させることにもなったのである。聖カルロ・ボッロメーオが大司教を務めたミラーノで16世紀末に著述されたロマッツォの『絵画論』がジャンルを大きく論じているのは、その意味で、象徴的である。 17世紀に著述された画家の伝記に含まれる「作品の叙述(descriptio)」を見ると、ジャンルによつて叙述に違いが認められる。つまり、物語絵では「真実味」が称揚され、詩的絵画では画家の自由な発想が強調されるのである。ベッローリやバリオーネ、マルヴァジーアらによる「ドメニキーノ伝」を詳細に解読することによってこれを確認することができた。
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