研究概要 |
本研究は、盲点における知覚的フィリングイン(知覚的充填)の時間・空間的特性を心理物理的方法を用いて調べることによって、脳の補完機能のメカニズムを解明することを目的にしている。今年度は、線分刺激を用いて、線分の方位(0°〜180°)とフィリングインが起るクリティカルな線分の長さとの関係を調べた。その結果、垂直方位(90°)のほうが、水平方位よりも長い線分を必要とするという異方性(anisotropy)が存在することがわかった。この異方性は、それぞれ個人の盲点形状(縦方向に長い長楕円形)とは関係がないことがわかった。それぞれの個人の盲点領域における縦径と横径の比とフィリングインの縦横方位でのクリティカルな線分の長さの比との相関係数はひじょうに低かった(左眼:r=0.011,右眼:r=0.083)。さらに、線分の方位が水平から垂直方向に変化するとともに、クリティカルな線分の長さもシステマティックに長くなることもわかった。 皮質拡大係数(中心窩に近い網膜への刺激は脳の視覚野V1の広い範囲に投射される)を考慮した線分形状を用いてフィリングインの異方性を調べた結果、やはり垂直方位のほうが水平方位よりもフィリングインに必要な線分の長さが長かった。このことは、フィリングインの異方性がV1における線分の幅や長さに依存するものではないことを示唆している。 これらの新しい知見にもとづくと、フィリングインの異方性を生み出す原因は、盲点形状にあるのでも、また皮質拡大係数によるものでもないことがわかった。盲点補完の神経生理学的研究(例えば、Komatsu, Kinoshita, and Murakami,2000)によると、補完に貢献しているニューロンの受容野は横方向に長い長楕円形をもっていることがわかっている。このことが本研究で発見されたフィリングインの異方性の原因であるという仮説を提案した。
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