本研究の目的は、人間の認知地図が、リンチが提唱する都市のイメージの構成要素に対応したものから成り立つという仮説にもとづき、認知地図における環境の表現様式を明らかにすることであり、先験情報による形成される認知地図への影響、現実の都市環境をシミュレートした人工現実感環境の探索によって形成される認知地図の構造を明らかにするための心理物理学的実験と脳磁図計測実験をおこなった。 1.心理物理学的実験により、人工現実感環境における経路検索の直前にあたえた音声によるパス・ノード情報の経路探索時間への影響について検討した。自己中心座標的なパス・ノード情報と環境中心座標的なパス・ノード情報による経路探索時間の違いを比較したところ、環境の構造が複雑でランドマークが存在しない場合において、後者の方が経路探索時間が有意に短いという結果が得られた。この結果は、環境が複雑な場合においては、環境中心座標的なパス・ノード情報によって認知地図が形成されることを示す。 2.心理物理学的実験により、人工現実感環境における経路検索の直前にあたえた地図によるパス・ランドマーク情報の経路探索時間への影響について検討した。地図による先験経路情報においてパスもしくはランドマークに偽りがある場合に、経路探索時間が有意に長くなるという結果が得られた。とくに、ランドマークに偽りがある場合には、そのランドマークから離れた場所においても経路選択の誤りが増加し、これは地図におけるランドマークと環境におけるランドマークの間の不一致が、環境全体の認知地図の形成を妨げることを示す。 3.都市イメージの五つの構成要素のうち、ランドマーク情報とディストリクト情報のうちのいずれか、または両方が欠落した人工現実感映像を制作して、心理物理学実験と脳磁図計測実験をおこない、それぞれの情報に応じて、その欠落による認知地図の構造とその脳内部位への影響が異なるという傾向を見いだした。 4.これらの実験結果にもとづいて、認知地図形成に関わる神経ネットワークを解明し、都市環境や高度情報社会メディアにおける「迷子問題」を根本的に解決するための提案をすることを今後の課題としたい。
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