研究概要 |
4歳頃に獲得される「心の理論」について,その成立基盤や形成過程に関心が注がれるようになってきている。その中で,「心の理論」の形成において,"いま・ここ"にない過去などの出来事をテーマに,心的状態を交えた会話をすることが重要な役割を果たすと考えられている。本研究は過去に関する対話の質や量と,「心の理論」および時間的な広がりをもった自己概念の獲得の関係について検討するものである。 この仮説を検討するうえで,聴覚障害児の事例は多くの重要な示唆を与えてくれる。ここ5年間ほどで,聴覚障害児の「心の理論」に関する研究も散見されるようになっている。それらをレビューしたところ,8〜10歳の聴覚障害児において,誤信念課題の通過率は30〜60%という結果が多く,「心の理論」の獲得が健常児より遅れることが示されている。ただ一方で,native signerの親のもとで生活している聴覚障害児の場合,「心の理論」の獲得に深刻な遅れを示す者は少なく,手話も含めた伝達手段によって早期からコミュニケーション関係が成立しているかどうかが重要な要因となっていることがわかった。 さらに本年度,聴覚障害幼児(2,3,4,5歳児各5名)とその母親を対象に,主に夏休みに書かれた「絵日記」(スケッチブック2冊)を手がかりにした,過去の出来事に関する対話の分析を行った。その結果,子どもからのアイコンタクトの量と,対話の継続時間とに正の相関があることがわかった。また,母親からの働きかけにはいくつかのスタイルがあり,単に絵や写真の対象物の命名を求めるだけではなく,子どもの言動を繰り返しつつ,その時の心情を表情や手話ないしは身ぶりを使って語っていくことが,その場にないものを対話のトピックとする「足場」となっていることが示唆された。
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