研究概要 |
聴覚障害児は,「心の理論」の獲得が通常の場合より遅れるとする研究報告がなされている。聴覚障害のない幼児の場合,1歳後半から2,3歳にかけて"いま,ここ"にない対象や事象に関して,心的状態を交えつつ他者と対話することが,自他の相互理解の枠組みを形成することにつながると考えられる。こうした対話の質と量において,聴覚障害児は制約をかかえていることが予想される。 今年度は,昨年度より対象年齢を下げて聾学校保育相談部1歳児クラス(3名)と2歳児クラス(6名)に在籍する母子を対象に研究を実施した。親子遠足に行って約2週間後,その時の写真を3枚提示して,母子で遠足での出来事を想起して語りあうよう求めた(別の行事に関する対話も実施し,現在分析中)。 その結果,写真を手がかりにした母子対話において,5つのレベルを想定できた。(1)写真を共有した関係の未成立,(2)ともに写真を見るが,子どものペースで進行,(3)写真に写っている事物に対して,母親がwhat質問をして子が応じる,(4)写真に写っている行為をめぐる応答,(5)写真を契機にした過去の心的状態などをめぐる応答(how質問の成立)。 (1)や(2)のレベルにとどまる子どもが存在し,彼らはそもそも母親の顔や手に注意を向ける頻度が少なかっだ。そうした場合,母親が自ら注意を向けている対象に,子どもの注意を向けさせようとするよりも,子ども自身が興味を向けた事物に即して情報を付加する方が,両者の注意を共有した状態を作り出しやすかった。過去の出来事を明確に指示した対話はこの年齢では成立しにくかったが,母親も聴覚障害を持ちnative signerのケースでは,過去や心的状態といった"いま,ここ"にないテーマの共有も安定して可能であった。子どもの注意対象への敏感さや,手話を用いるタイミングと空間的位置などにおいて,他ペアとの相違があることが示唆された。
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