本研究は、日本とアメリカにおける投票行動を、信頼と安心という社会心理学的要因から検討した。投票行動は集合行為であり、各有権者が利己的だとすれば投票行動を行う誘因はない。これに対して近年、政治参加論における社会関係資本研究および社会心理学における信頼研究では、集合行為状況において人々が協力行動を行う論理を議論している。特に山岸(1998)による社会心理学的検討では日米の社会を比較し、日本社会を安心社会、アメリカ社会を信頼社会と特徴づけている。日本社会では、特定のコミットメント関係にある場合には、その関係から得られる利益に根ざしているために集合行為状況において互いに協力行動をとることが期待される。しかし、コミットメント関係にない他者一般に対しては互いに信頼できないために協力行動がとられない。これに対して、アメリカ社会では他者一般に対する信頼が高いために、集合行為状況において互いに協力行動がとられる。この議論を投票行動に適用すると、日本では安定したコミットメント関係にある場合に投票行動が行われるのに対して、アメリカではこうした影響はみられず、他者一般に対する信頼が高い場合に投票行動が行われると考えられる。 このことを検証するために、日本についてはJES調査を、アメリカについてはGSS調査を用いて数量的な分析を行った。具体的には、安定したコミットメント関係を表す都市規模と居住年数と、社会関係資本研究において他者一般に対する信頼が醸成する場とされている団体所属が投票行動に及ぼす影響を検討した。その結果、日本社会では都市規模が小さいことや居住年数が長いことという安定的なコミットメント関係が形成されていると考えられる条件において投票率が高かった。また、団体所属についても、農林漁業団体など特定の候補者とコミットメント関係にある団体で投票率が高かった。これに対して、アメリカ社会では他者一般に対する信頼が投票行動と関連していた。都市規模や居住年数の影響はみられなかった。団体所属については、いくつかの種類の団体で他者一般に対する信頼を媒介して投票行動に影響をおよぼすパターンがみられ、社会関係資本をめぐる議論を裏付ける結果が得られた。
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