日本の環境影響評価制度は、環境紛争を適切に処理するという観点を欠いており、むしろそれ自体が、紛争の火種となりかねないものである。その大きな原因は、開発事業者と住民などとの双方向コミュニケーションが制度上求められていないことにある。 他方、今日の環境問題は、ますますリスク問題の様相を深めており、リスク評価に対する人々の参加要求は高まってきている。それを反映して、社会心理学や社会学ではリスク・コミュニケーションについての検討が深められつつある。それらの研究は、双方向コミュニケーションを当然の前提としており、環境影響評価制度に比べれば社会の実態に適合しているが、しかしそれは紛争が発生・激化しないように方策を練るものであり、紛争が発生・激化した後の処理方法を検討したものではない。 紛争事例を調査してみると、法的権限のない住民などが、開発事業者との間で、双方向コミュニケーションの場を創出し、リスク・コミュニケーションを行っているものがある。そこでは、双方互いに、自己に有利に、したがって戦略的にコミュニケーションを進めようとするため、逆に、コミュニケーションは双方から独立して、過去のコミュニケーションの蓄積に主に依拠して進められる。紛争を適切に処理できるのは、コミュニケーションの蓄積以外の何物にも制約されない、無制限のコミュニケーションの流れだけなのである。 しかしながら、このことは、決定を産出すべき制度が、無制限のコミュニケーションの流れを確保し、紛争を処理しようとすると、何ら決定を産出できなくなることでもある。決定産出機能とコミュニケーション確保機能とが衝突するのである。この問題は、理論的にも実践的にも重要でありながら、まだほとんど考察されていないように思われる。
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