研究課題/領域番号 |
14510218
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
小野 修三 慶應義塾大学, 商学部, 教授 (90103902)
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研究分担者 |
米山 光儀 慶應義塾大学, 教職課程センター, 教授 (40167044)
梅垣 理郎 慶應義塾大学, 総合政策学部, 教授 (40223599)
小笠原 慶彰 京都光華女子大学, 人間関係学部, 教授 (00204058)
松田 隆行 花園大学, 文学部, 助教授 (60351293)
安形 静男 宮崎産業経営大学, 法学部, 教授 (30369160)
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キーワード | 石井十次 / 岡山孤児院 / 石井記念愛染園 / 愛染橋保育所 / 愛染橋夜学校 / 大阪市下寺町 / 岡山孤児院大阪事務所 |
研究概要 |
石井記念愛染園保管資料のうち、表紙に明治42年7月の日付そして「保育兒原簿 愛染橋保育所」と記された書類は、335名(貼紙の1名を加えれば336名)の保育兒に関する本人の姓名、生年月日、現住所、本籍地、両親の姓名・職業、入所日、退所日、預入事由という事項が記入されている。入所日で一番古いのは明治42年7月21日、一番新しいのが大正3年12月11日であり、5年半ほどの記録ということになる。 本人の姓名は勿論、住所、本籍地というプライバシー保護から公表されてはならない事項が多いが、それらのプライバシー保護を図った上で、そのデータから明治末から大正初めの5年半ほどの、大阪市南区下寺町にあった岡山孤児院経営の保育所周辺の人々の生活状況が浮かび上がる。現在行なっている分析項目は、次の3項目である。 1.保育所に通った日数(出所日マイナス入所日) 2.入所日における年齢(入所日マイナス生年月日) 3.父親、母親の職業 さらに現住所の統計からどの範囲から保育所に通っていたのかについては、当時の住所表示についての研究がさらに必要で、例えば日本橋筋東何丁目と日本橋東何丁目とが同じ地所という断定が未だ出来ない。 上記1.については、0日=3名、1日=29名、2日=16名、3日=19名、4日=7名、5日=10名、6日=5名、7日=3名、8日=5名、9日=9名、10日=4名、11日=4名等で、短期間のみの在所が多かった。2.については、ゼロ歳児36名、1歳児84名、2歳児49名、3歳児29名、4歳児27名、5歳児12名、6歳児2名等で、1歳児が最も多かった。また3.については父親は車夫49名、手傳16名、大工8名、屑買7名など、母親は屑買76名、屑選33名、屑拾2名、マッチ(燐寸)38名などであった。 ただし、原簿には片親のために父親ないし母親の職業欄が記入なしのケースが大変多く、70ケースを越えている。したがって、まず親の側の事情を把握してから、分析は始められるべきであると思われた。
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