本研究全体の目標は、複雑性の科学の観点と方法を社会学に導入し、この観点から新たな社会理論を形成することにあり、具体的には『社会秩序の起源』と題する著書にまとめることである。本書は論文集ではないので今年度は論文を執筆せず本書の執筆の準備に集中した。その経過は、2002年7月の早稲田社会学会のシンポジウム「複雑性とシステムへの新たな視点-ミクロ・マクロ関係を問い直す」における報告「自己組織性と秩序形成」と、同11月の第75回日本社会学会大会(大阪大学)における報告「自己組織性と規範」において公表した。複雑性の科学の焦点は自己組織性の概念にある。自己組織性は一般の物理系にも見られるが、生命が代表的な例である。本書では最初に複雑性の科学を概観した後で、生命に自己組織性の理論を適用する。本年度の前半は生命と自己組織性の研究を行った。自己組織性の考え方からすると、生命とは自律的にふるまう高分子の相互作用が秩序を自発的に生み出す過程と考えられる。それが細胞という場である。この自己組織性の理論を社会に適応するのが本書の目標だが、本年度の後半は規範の概念の検討を行った。社会における自律的な要素は個人であり、自律的な個人の間の相互作用はカオスに帰結する。したがって規範・規則によるコントロールが必要である、というのが社会契約説に代表される近代の典型的な社会観であり、現代社会学にも大きな影響を与えている。しかし、自己組織性の理論からすると、自律的な要素の間の相互作用は必然的にコンフリクトになるとは限らず、むしろある条件のもとではこの相互作用は自発的な秩序形成を引き起こす、ということになる。この秩序は、規範による秩序とは異なり内在的に生み出される秩序である。これは新たな秩序観であるといえる。これらのことが明らかになった。
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