本研究は複雑性の科学の観点からの社会理論の構築を目指すものであり、その成果を「社会秩序の起源」と題する著書にまとめる予定である。2003年度は複雑性の科学の観点を社会秩序に関する理論に導入する基礎理論に集中した。従来の社会理論は個人に能動性を与え、その結果発生するコンティンジェンシー(不確定性)を規範によって解決するものである。これは社会システム論と呼ばれている。これに対して相互作用を強調する立場があり、現象学的な志向性を共有している。だがこの、しばしばミクロと呼ばれる立場は、マクロ的な構造とのリンクへの関心が希薄であった。複雑性の科学とは力学系の理論である。複雑性の観点から社会理論を構築することは、社会を一つの力学系と見ることである。力学糸とはその名の通りダイナミクスであるから、この観点は社会学では社会システム論より相互作用論に親和的である。そこで、力学的(ダイナミクス)の観点からの社会理論の中心的なテーマは、諸個人の相互作用からマクロ構造が創発する道程を記述することになる。このことはすでに複雑性の科学が生命について取り組んでいることである。すなわち現行の分子生物学とは異なる、生命への力学的アプローチとは、分子的相互作用から細胞や多細胞系がいかにして創発するか、という問題への取り組みである。このマクロ秩序の生成の機構については、複雑性の科学、すなわち複雑な力学系の理論においてかなりの蓄積が存在するので、それを利用することができる。諸個人の相互作用が自発的にあるアトラクタに集まり、そこで安定した相互作用を反復するようになる。この時、秩序が生成しているわけである。さらにこの社会秩序はそれ自身動的なものとして理解されている、動的安定性の機構だから、進化するものである。これまでの研究の一端を、2003年度日本社会学会大会で、「アイデンティティとアフォーダンス」と題して報告した。
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