本年度は、J・メイナード=スミスに端を発する進化ゲーム論の立場から、T・ホッブスが提起した秩序問題にアプローチすることをその目的とした。進化ゲームでは、行為者(プレイヤー)の合理性を前提としなくてよい。しかし本研究では、プレイヤーが試行錯誤の末に一番うまくゆく戦略を選択する、という「限定合理性」の仮定を採用した。社会現象をみるとき、人間行動の合理性を完全に排除することは、必ずしも説得的ではないと思われるからである。 ホッブス的秩序問題は、もともとは近代社会の制度設計をめぐる根本的な問題として提起されたものである。しかし『リヴァィアサン』が刊行されてから350年余もたった現在においても、この問題は過去のものになったわけではない。それではホッブス的秩序問題に対して、進化ゲーム論の立場からアプローチすることの意義はどこに求められるのだろうか。それは、第三者的な権力機関に依拠せずに、社会秩序をもたらすことのできるような戦略を構想することに帰着する。本研究では、プレイヤー間の非対称性にもとづいて、自分の同類を探知できる(つまり自己を認知できる)戦略に注目した。いいかえれば、進化ゲーム論的アプローチでは、ホッブスのように「契約の履行」を相手に期待するのではなく、戦略の突然変異と淘汰を通して社会秩序が実現されるメカニズムを明らかにすることができる。このような試みに成功すれば、フォーマルなコントロール抜きの社会秩序の可能性を示すことができると思われる。
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