本研究においては、連帯の条件に関する数理モデルを構築するための端緒として、進化ゲーム論に注目した。まずメイナード=スミスに端を発する進化ゲーム論の立場から、T・ホッブズが提起した秩序問題にアプローチした。この作業を通して明らかになったのは、第三者的な権力機関に依拠することなく、自生的な社会秩序をもたらすことのできる戦略の性質である。ここでは、プレイヤー間の非対称性にもとづいて、自分の同類を探知できる(つまり自己認知できる)戦略に注目した。この戦略は、フォーマルなコントロールぬきの社会秩序の可能性を示すものとして重要である。 つぎにプレイヤーの合理性の問題を重視し、「適応型学習」のアイディアにもとづく、新しいタイプの進化ゲーム論に注目した。そうしたゲーム論の一例として、「仮想プレイ」にもとづくP.H.ヤングの理論をとりあげた。検討の結果、かれの進化ゲーム論(最適反応ダイナミックス)は、(高次の)マルコフ連鎖モデルとして定式化されていることがわかった。そうした議論を踏まえて、マルコフ連鎖に関する基本的な事項を確認することから始め、ゆらぎ(ないしはエラー)つきのマルコフ連鎖の考察へと論を進めた。ゆらぎつきのマルコフ連鎖においては、「確率的安定性」の概念が重要となる。そしてその特殊なマルコフ連鎖のアイディアを、優越関係のネットワークに関するファラロ=スクヴォレッツ・モデルに適用した。ファラロ=スクヴォレッツ・モデルでは、ヒエラルヒー型のネットワークとサイクル型のネットワークが吸収状態とされていた。しかしゆらぎつきのマルコフ連鎖モデルでは、ヒエラルヒー型のネットワークこそが「確率的に安定な」状態となることがわかった。
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