本研究では「近世日本民衆の文字学習に関する総合的な調査研究」のテーマにより、各地の史料調査を丹念に行った。史料採訪地域は近畿圏内を中心に東海地域、その他の地域に及んでいる。兵庫県(龍野市、明石市)和歌山県(和歌山市、橋本市)三重県(四日市市、名張市、津市)奈良県(奈良市、大和郡山市)愛知県(名古屋市、刈谷市、豊田市)岐阜県(岐阜市)群馬県(桐生市)が主な地域である。調査地では寺子屋を中心に寺子屋門人帳及び往来物、手習い手本、宗門帳などの史料調査と蒐集を行い、以下の内容が調査と研究の成果として明らかとなった。 第一に三重県四日市市の自治体史編纂過程において蒐集された史料のうち、伊勢国朝明郡山村の伊藤武夫家文書群の目録化を行った。さらに伊藤家所蔵の山村の宗門帳から伊藤家の家族系譜を明らかにし、山村の庄屋伊藤家の社会経済的な位置を把握した。伊藤家所蔵の出産・初節句・元服・役附・婚姻などの人生儀礼を示す多数の祝儀簿と見舞い・香典帳などの儀礼帳から、幕末期、近世村落の農民家族の人生儀礼の様相と交際および交友圏を解明した。それらを「幕末期から明治初期農民家族の人生儀礼と交友圏の検討-伊勢国朝明郡山村の伊藤家を事例として-」と論文化した。 第二に和歌山県橋本市史編纂室に所在する紀伊国伊都郡赤塚村の大庄屋田中家文書群に、幕末期における田中家の子ども達が手本とした手書きの手習い稽古手本が135点ある。それらを整理して「手習い稽古用手本類目録」としてまとめ、「幕末期、農民の子どもの手習い稽古と手本-紀伊国伊都郡赤塚村、田中家文書を中心として-」の中間まとめを報告書に採録した。 第三に筆者は近年10年ほど、200点以上の奈良教育大学所蔵の往来物や近世期の和書を整理し、著者、出版年、内容、寸法と形態、丁数、版元、分類などについて書誌学的に検討した。そして、新たに往来物74点を蒐集して検討を加え「近世往来物の分類と検討-科学研究費による2003年度新規購入分-」として報告書に掲載した。 その他に、伊賀国名張郡名張本町の中村家寺子屋の門人帳による事例研究を継続中である。
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