本年度は、研究課題「1920・30年代におけるわが国の文化教育学理解とナショナリズムとの関係-入澤宗壽のシュタイナー教育思想理解を中心として-」の研究最終年度に当たる。 これまでは、1920・30年代にわが国の文化教育学を理論的・実践的に主導した入澤宗壽に焦点を当て、彼の文化教育学理論の構造を解明していった。とりわけ、入澤が自らの文化教育学理論の根拠としたシュタイナーの教育思想の受容・乖離の経過を追うことで、文化教育学がもつ民族主義的・精神主義的性向が「闘争的排他的なナショナリズム」と同値化していく過程を理論的に明らかにした。 本年度は、次にあげる二つの方向で、文化教育学とナショナリズムとの関係をみていった。第一は、わが国の文化教育学的思考のナショナリズムへの現実的な適応の構造をみることであった。具体的には、入澤・シュタイナー的な文化教育学(精神科学)的思考を国家改造に適応しようとした大川周明の思想を解明していった。そこでの理論分析からは、「排他的闘争的なナショナリズム」と「非排他性と利他愛に貫かれた精神科学的思考」との理論上の分岐が浮き彫りにされた。研究成果は、「大川周明の国家改造思想にみるシュタイナー思想とナショナリズムとの関係(1)(2)」『下関市立大学論集』(第49巻第1号・2号)として2005年中に刊行予定である。第二は、実際の教育の現場において、この研究で明らかにされた「精神科学的な思考」はいかに機能するのかについて考察をおこなった。研究成果として、越智貢編『岩波講座応用倫理学講義6教育』(岩波書店、2005年)において、「教育における自由ってなに?」「性教育はなぜモラル教育の範疇に入れられないのか」「モラルの形成と発達はどのようにかかわるのか」「東洋的なモラル教育の可能性」「モラル教育と『生きる力』はどのような関係にあるのか」「何のための『大学改革』か」といった6つの論文を公表した。また、「高校教育と哲学原理-『自由主義』克服の視座としての『精神』-」『下関市立大学論集』(第48巻第1号、2004年)においても同様の「精神科学」の観点から問題提起をおこなった。この論文は、2005年中に西日本新聞社から、他の研究者の論文と合わせる形で、『不安の現代的諸相』として刊行される予定である。
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