本研究の目的は、近現代韓国社会における在地エリートが、近代化、植民地支配の介入、ならびに産業化・都市化の過程で、自らの社会組織と文化伝統をどのように再編成し、さらには地方社会の公的な領域にかかわる諸活動をどのように展開してきたのかを、社会人類学的な観点から究明することにある。本年度は、研究代表者が収集した全羅北道南原地域の在地エリート関係資料、なかでも吏族結社関連文書の解読と整理・分析を行うとともに、吏族出身の地方有志のライフヒストリーを採集し、彼らの生活世界において、吏族の歴史や伝統がどのように位置づけられているのかを探った。その結果として、朝鮮時代末期から植民地期の1930年代にかけて、今日吏族の専有物として位置づけられているような文化伝統の囲い込みと再編成が進められ、その過程で一種の土着性と呼びうるような場所への帰属が再構築されていった点、ならびに今日の吏族出身有志にとっては、父系血統意識と父系血縁集団の重要性がそれを凌駕する形で高まっている点が明らかになった。それと併行して、朝鮮後期から解放後にいたる時期における在地エリートの動向を把握するための基礎的な資料となる地誌類のデータベース化を進めた。また、対照事例として、全羅南道霊光地域の吏族結社について予備的な調査を行った。同地の吏族結社は、16世紀初頭以来の長い歴史をもち、創設当初以来の関連文書が極めて良好な状態で保存されている南原地域の事例と比較することで、吏族結社や吏族集団の動向についての地域的な多様性を把握することが可能になると考えられる。
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