2002年の夏に、本研究の調査地湖南省常徳市で現地調査を行い、また、国家レベルの档案館がある北京市においても資料収集をした。本助成金をいただく以前のこれに関する研究や資料収集による成果も合わせれば、研究実績はおよそ以下のようなものである。 1. 旧日本軍731部隊による細菌戦の被害状況とルートの究明について。細菌戦被害の市街区から周囲の町・村落へ伝播するルート、その範囲と程度、また、地域の社会構造や親族関係のあり方、死の儀礼と風俗などの在来の文化の疫病伝播に与えた影響などに関して、調査研究を行い、基本的な状況を把握した。 2. 細菌戦の記憶のついて。90年代初期までは、細菌戦被害の記憶は、基本的には個人・家族・親族などの範囲内のプライベートな記憶として持たれ、正統性をもつ国家的記憶にも組み込まれなかった。そればかりか、地域の住民の中でもこの歴史的事実を知らないものが多数あり、地方誌や地方紙などの公の場ではめったに取り上げられなかったなどの状況から見ると、公共的記憶にもなれなかったと言える。 一方、被害者を受けた個人や家族、地域共同体が疫病で多大な被害を受けたことにより、半世紀以上経った現在でも、彼らの内面にはそれに関する記憶がなお鮮烈に残されている。 3. 1997年に細菌戦被害賠償請求の裁判が日本で行われた以後、主として被害者による地元の被害調査委員会の被害調査活動が活発となり、かなりの成果をあげた。民衆の自主的、かつ国際社会と協力的体勢をとっているこのような被害調査・訴訟活動に対して、地方政府及び中央政府には、阻止、監視、黙認、「愛国教育」のイデオロギーへの編成などといったような一連の態度の変化が見られた。
|