今年度は現地調査を奄美/沖縄地方で行った。祖先祭祀のための門中制度があるのは沖縄本島とその周辺の島々で、奄美地方には見られないというように、奄美/沖縄文化圏と区別するべきとされる。特に奄美諸島は早くに本土文化圏に政治的に併呑されたので、歴史的に文化の重合が複雑化している。とはいえ、元来は大きくは琉球文化圏に属すると見て良いように、風葬的な埋葬、その後の洗骨と改葬で有名な地域であるが、沖縄本島に発し、それを追うように周辺の島々での火葬の普及が近年見られ、大きな習俗の変化が引き起こしている。奄美は鹿児島県下(与論まで1953年に参入)の島として、この火葬化は南北からの影響を受けている。与論島では火葬場が建設中であり、これは近い将来に洗骨習俗の消滅をもたらす。洗骨習俗が失われると門中がない奄美は急速に葬送習俗の個人化(本土化)が進むと見られる。そうなると個人墓の無縁仏化が恐れられ、その対応にと村ごとの共同墓が作られ始めている。現在は墓地形式になっているが、本来の風葬では遺骸を放置する崖の穴は、恐ろしい近付き難き場所であるとされてきた。風化した骨を改葬するまでは行きたくないのである。死への恐れと祀られない死者への恐れとの板挟みが見える。直接比較はではないが、近畿の大和地域の郷墓は、一切墓参をしない遺棄された墓である。死への恐れという原型的心理とその懐柔の構図において次年度以降の比較の課題になる。沖縄方面のケガレ観念を調査する理由に、ケガレ観念を表現する言葉の希薄さが指摘されてきたことと、奄美/沖縄では女性司祭ノロが活躍する点がある。実地調査では、言葉と行為の両方を視野に入れた。その結果それなりのケガレ表現が採集できたし、女性司祭の宗教的力を認める琉球文化の底力は、女性をめぐるケガレ現象はじめとしてケガレの両義性すなわちプラス価値に転換する可能性を色濃く残していることも分かった。
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