本研究ではわが国の律令制下における「老」と「女」について、法制の意味と社会的認識の具体的様相を明らかにした。とくに、采女および地域社会における労働に関する新たな文字資料を検討することで研究を総括し、以下の諸点の成果が得られた。 1 律令制下では高齢者・単身者などの社会的弱者に対して保護措置をとるが、その年齢としてもっとも重視されるのは60歳である。単身者の場合は男性と女性とで異なり、女性は50歳であるが、それは再婚(生殖能力)の可能性に配慮したものである。 2 律令国家行政機構に勤務する男性のなかで、定年がない職種であっても、職務内容と本人の心身の状態によって勇退するタイミングが社会的認識として定着していた。 3 地方豪族が貢進し、律令制下で後宮の下級女官として勤務する采女について以下の結論を得た。 (1)大宝・養老令で貢進条件となっている"年若い形容端正な女性"という内容は、采女が人身御供としての役割を果たしていたヤマト王権下の慣例を受け継いだものである。 (2)律令国家行政機構のなかで、采女は女官としてキャリアを選択することが可能になった。なお、ヤマト王権下においても、女性天皇の時代にはキャリアウーマンとしての活動が見られる。 (3)9世紀初頭になると、一定の年齢に達していて功績のある女官が評価されるようになったが、その背景として、女性に国家機構のなかで活動できる場が提供されたということと、8世紀における采女の活動実績が社会認識を変えたことの2点が考えられる。 (4)采女には、いずれの時期をとっても性の政治的利用という側面が見られる。
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