本研究の目的は、身分制社会である日本近世社会の職能集団における、技術の習得や伝承について考察し、身分制という社会的秩序のもとでの技術の特質を明らかにすることである。手工業職人に関する近世・近代の資料を調査・収集しデータベースを作成した。このデータベースに基づいて分析を行った結果、以下の知見を得た。 日本の近世社会においては、職人は職能集団に所属した。また、職能集団は身分的秩序に基づき、排他性を有した集団として社会的に編成された。職人の技術は、職能集団に所属する職人が独占していた。職能集団に所属する職人同士の関係は、親方と弟子という徒弟関係であった。徒弟関係のもとで技術の習得と伝承が行われた。徒弟関係においては、親方が中核になる技術を独占していたこと、及び親方は弟子に技術を直接伝承した。このことから、近世社会においては、技術は職人個人の付属物であったことがわかる。したがって、技術の伝承は個人と個人の直接的な関係のなかで行われた。近代社会においては、徒弟関係にかわるものとして徒弟学校が成立した。徒弟学校では技術が知識として生徒に教えられた。その結果、個人の付属物として個人に独占されていた技術は、個人から切り離され、誰もが理解でき習得できる知識になった。近世社会では、職能集団に所属する職人が技術を独占したために、技術が普遍的な知識として成立することは不可能であったが、身分的秩序が崩れた近代社会においては、技術は普遍的な知識として成立することができるようになった。
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