本年度は、最終年度として、研究成果のとりまとめ、ならびに公表(とくに付印)につとめた。各人がとくに力を傾注したのは、档案文書史料の分析に基づく研究成果の付印であった。その結果は、档案文書研究に新境地を開くものであった。 たとえば、荷見守義の「遼東馬市信牌档-明朝档案の配列を中心として-」(『明清史研究』第1輯)は、前後の続き具合がほとんどわからない断片的な档案の配列というもっとも基礎的な問題について、個々の断片档案に見える人物や事象について年代確定の方法論を編み出し、それによって、誤接合されている档案の再検討の必要性を提示した。 川越泰博の『明史』(明徳出版社)の「解説」では、これまでほとんど使用されてこなかった、起居注官が書き残した『康煕起居注』(影印)を読み解き、『明史』の編纂過程について、従来のレベルをはるかに超える重厚な「解説」をものした。また、同人の「世襲という名の軛-年齢傾向からみた明英宗親征軍の性格-」(『中央大学文学部紀要』史学科第49号)では、正統14年(1449)、英宗のモンゴル遠征のために編制された親征軍の性格について、年齢構成の面からアプローチした。親征従行者の個々の年齢は、既存の刊本史料や写本史料からは全く接近できなかったが、档案史料にみえる衛所官の世襲年次と没年から、正統14年(1449)当時における年齢を割り出すという方法論を確立したことによって、親征軍の性格に迫ることができた。年齢の算出にあたっては、衛所官の世襲には新官と旧官とで年齢にずれがあることを明確にした「新官・旧官理論」(拙著『明代中国の軍制と政治』国書刊行会〔日本学術振興会出版助成金交付〕、2001年で提唱した)を駆使した。親征軍研究にも有用であり、その汎用性を証明した「新官・旧官理論」を档案史料の分析に積極的に利用することは、明代軍事機関の基幹をなす衛所制度研究の研究方法や分析視角の設定などに今後多大な寄与をなすものと確信する。
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