20世紀初頭イギリスの「ジェントルマン資本主義」社会をめぐるイギリス歴史学派の議論と歴史学派批判=自由貿易論の検討を基軸に据えて研究を行った。"Economic Review"誌に掲載されたイギリス歴史学派による自由貿易政策の放棄を唱える時論的評論とともに、自由党や労働党などが刊行したリーフレット、パンフレット類の自由貿易擁護論の特質を分析検討した。こうした作業を通して、両者の論争が、19世紀イギリスの重商主義、工業化、自由貿易政策をどのように捉えるかという歴史像をめぐる論議を基盤にしていることが明らかとなった。さらに、イギリス歴史学派の議論を批判する自由党や労働党の自由貿易堅持論は、ジェントルマン資本主義社会を単に擁護する議論ではなく、新たな自由主義思想に基づく将来像を表明するイデオロギー的な性格を帯びていたことも明らかになった。したがって、ジェントルマン資本主義社会をめぐる当時の政治論争は、経済政策論争のレベルを越えて、19世紀イギリス史をどのように捉えるかという歴史像をめぐる論議とともに、関税改革のナショナリズムと自由貿易ナショナリズムという異なる愛国主義が交錯する論争に展開して行ったと言える。他方では、A.ハウやF.トレントマンらによる政治文化史的視角に基づく自由主義と自由貿易に関する近年の著作、論文等に検討を加えることによって、研究史状況をフォロウして本研究の以上のような検討結果を補強する作業も行った。なおこの間、筑波大学教授木村和男氏、熊本大学教授桑原莞爾氏、ならびに来日していたロンドン大学LSEのA.ハウ氏から研究上の助言を得た。また、本テーマのジェントルマン資本主義論に関する論稿として書評2編を執筆して発表した。
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