「ジェントルマン資本主義社会」に対する同時代的認識が如何なるものであったかという問題を、20世紀初頭の関税改革論争を分析素材として、イギリス歴史学派とJ.A.ホブスンの議論を中心に検討した。まず第一に、W.アシュリー、W.A.S.ヒュインズ等のイギリス歴史学派の時論的評論文を分析した。世界経済情勢が大きく変化して、自由貿易と経済的レッセ・フェール政策が今や他国の工業発展を促進する効果を生み出し、国際金融やサービス業に依存するイギリス経済を作り出していると現状を捉えたイギリス歴史学派は、国益の基盤となるイギリス工業の再建策として、自治植民地との特恵関税に基づく帝国連邦を構築する政策を打ち出したのである。これは重商主義的なアウタルキー経済の再現ではなく、自立しつつある定住移民植民地の帝国感情に訴える新たな帝国システム構築の打開策の提示であった。当派の政策志向はともあれ、その現状認識は20世紀初頭の実情を歴史的に相対化する視点を濃厚に持つが故に、ジェントルマン資本主義社会としてのイギリス経済の特質分析において正鵠を得たものと言える。他方、ジェントルマン資本主義社会の同時代的分析でもう一つの重要な議論は、J.A.ホブスンによってなされており、その分析検討を次に行った。ホブスンは関税改革提案を批判し、自由貿易政策維持を唱えたが、ジェントルマン資本主義社会としての当時のイギリス経済に強烈な批判を加えている。彼独自の過少消費説に基づいて、とりわけ地主層や不労所得を得る投資家層への所得や富の偏在が解決されるべき根本問題との議論を展開して、所得再分配を中心とした財政政策、社会政策の実施の重要性、さらには自由貿易に基づく国際主義の遂行を強調し、自由党急進派のイデオローグとしての役割を果たしたのであった。ジェントルマン資本主義社会の歴史的性格はこうした二方向からの同時代的分析によって多面的な姿を現すことになる。
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