1960年代のイギリスでは、消費文化や若者文化が顕在化し、個人の価値判断を尊重するリベラルな「寛容社会permissive society」が生まれたと言われる。本研究は、60年代に成立した以下に述べる各種の法改正に焦点をあて、その法改正の過程を中心に、政府の役割、議会討論、圧力団体・ジャーナリズムを含む世論の動向を実証的に分析し、60年代のイギリスがどの程度「寛容」と形容し得るようになったのかを再検討したものである。 平成14年度においては、死刑制度の廃止、男性同性愛行為の合法化、妊娠中絶の条件緩和に関わる法改正について、また平成15年度においては、避妊・家族計画の推進、離婚条件の緩和、演劇の検閲制度の廃止に関わる法改正について、史料の収集と分析を進め、研究成果の一部を日本西洋史学会の自由論代報告で発表した。平成16年度には、分析を進めた結果不十分だった史料を追加収集しつつ、研究報告書のまとめの作業に取り組んだ。 60年代イギリス社会については、伝統的な価値規範が崩壊しその後のイギリス社会の衰退の起点になったとする否定的な評価が一方にあり、個人の自由の拡大を基盤にした新しい価値規範を生み出した文化的革命の時代であるという肯定的評価がもう一方にある。研究の結果、これらの対立する評価はいずれも長短があり、時期区分や法改正の影響範囲などの評価軸の変化を重層的に設定することで評価のバランスが少なからず変化することを明らかにできた。しかしこれは、60年代イギリスは、他の時代と変わることのない一時代に過ぎないとする最近のポストモダン的研究に組するものではない。伝統的価値規範とは異なる価値規範を示した「寛容社会」固有のモメントが60年代イギリスには確かに存在したのである。
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