申請者は長くエノー伯領の慣習法文書を資料として都市・村落共同体の「自由」を検討してきた。本科学研究費補助金の研究対象は共同体の自由と支配者側の権力の相対的関係を再検討することにある。最近、なかんずく1990年代の研究をみると、共同体的利益よりも領主の利益に力点をおいての理解が強くなっており、西欧学界における慣習法文書研究は新しい局面を迎えたといってよい。申請者はこの点をふまえて、本研究において慣習法文書の性格を再検討しようとするものである。 中世エノー伯領における慣習法文書の研究は、その発給状況からすると12/13世紀と14/15世紀に分けられる。本年度の作業は、慣習法文書発給の最盛期であり、さらに慣習法文書と同質の性格をもつ他類型の文書が出現する12/13世紀に焦点をあてて進められた。具体的には、1)ベルギーにおける史料・文献蒐集と、西欧中世の共同体の自由と領主権力との関係をめぐる研究動向の整理 2)エノー伯領の個別居住地の慣習法文書をとりあげ、その発給時における共同体と領主との関係を究明し、慣習法文書が同時代人にとっていかなる位置をしめたのかの追究。特にエノー伯領の首邑となるモンスMonsの文書(1295年Jean d'Avesnesによって発給)の分析。 今年度の研究成果は、「慣習法文書をめぐる最近の研究動向ーー西欧中世における「権力と自由」ーー」および「中世エノー伯領の慣習法文書の史料的性格ーー最近の研究動向をめぐってーー」という形でまとめた。
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