九州西南部を中心に、旧上下一・二段動詞の「五段化」が著しいが、この問題を文献方言史的に考察するために、関連する資料の収集と分析につとめた。 1)江戸期の対馬資料、『日暮芥草』、『交隣須知』等には一段化が著しく、一見、九州方言的でないが、中には、上一段の「見レ」「着ッテ」などはもちろん、上二段の「閉ジッテ」等の五段化が見られるところから、一段化に見えるものは、この五段化の一つの現れである可能性を考えた。あわせて、文献としての『交隣須知』の成立を、朝鮮資料の『倭語類解』、『方言集釈』などとの関連の中で考え、通説と異なる結論に達した。 2)16世紀成立の沖縄の『おもろさうし』は、すでに四段化(五段化)が徹底しており、この一つの現れとしての「おわる」の成立について考察した。九州方言の五段化は、琉球方言とのつながりを視野に入れて考察する必要があるのではないかという予想に基づく。琉球のハ行四段動詞のラ行四段化も『おもろ』の文献方言史的考察から展望が開けないかと考えたのも手がけた目標の一つである。 3)九州方言とならんで現代五段化の著しい北陸・東北の五段化を考えるために、新発田市の崎門資料を大量に入手した。未然形の五段化がすすんでいない点が九州方言と異なり興味を引かれるが、なお十分な分析を終えるには至っていない。
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