本年度は、昨年度に引き続き、資料の収集と整理を第一目的とし、北條・高橋家文書に収められている資料の調査・収集・整理を行った。同文書を調査するとともに、以前の共同研究である「文献学・歴史学の方法を活用した森鴎外『北條霞亭』の総合的研究」において収集した写真資料の整理、検討も行った。 また、神宮文庫をはじめとする他の文庫等の調査も引き続き行った。特に神宮文庫では、霞亭と深い交友があった山田恒心社の関係人物の著書等を調査するなどして、その事跡について検討を試みた。 さらに、本研究の基礎付けとして、既往の研究成果や関連する学問分野の学習にも、引き続き努めた。具体的には、鴎外研究の最新の成果を整理し、位置づける、近世儒学関係の研究動向を調べ、その問題点を検討する、北條霞亭に関係する儒学者たちについての知識を深める、といったことである。こうした作業の中であらためて痛感したのは、近世の儒者たちが共有していた教養や表現の基盤が、現代においては決定的に失われているということである。鴎外にとっては、昨日のことのように近い過去であったその時代が、現代からははるかに遠く見えるのはそのためであり、史伝が我々にきわめて難解であるのもそのためであると思われる。 鴎外は、初期の美学的批評においては、西洋の近代的美学を紹介し、日本の近代的文学観の形成に大きく寄与したのだが、そうした美学の枠組みや、西洋・近代の枠組みの外に行われて来たものを、史伝において、声高い主張としてではなく、密やかに描き出していると見られる。
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