本研究は、島崎藤村をケーススタディとして、郷土作家と郷土の風土的考察を踏まえ、長野県馬籠の藤村記念館の現状及び地域社会における記念館の運営活動を実態調査し、各地の文学館の実情と比較しつつ、個人文学館の必要性、投射、その施設の使命の考察とともに個人文学館の在り方の本質を実証的に調査研究したものである。 わが国の近代文学において、郷土に根差した作家、また故郷をモチーフにして成立した文芸作品は多い。その代表的文学者として島崎藤村を挙げることが出来る。藤村の生地・馬籠を訪れると、「夜明け前」や「家」「嵐」で描かれた自然はもちろん、旧宿場も復元されていて、作品の舞台そのままを体験できる。その中心に藤村記念館があり、作家・島崎藤村と「夜明け前」等の作品が丁寧に解説され、来館者は作家を身近に感じ作品の世界に魅了される。若者の活字離れが叫ばれ、郷土作家への地元住民の関心の無さ、知識不足、また文学館と地域社会との連携の希薄さが問題視されている現在、馬籠の藤村記念館は毎年企画展を開催してマンネリ化を解消し、地元と密着した文学散歩、読書会、文学講座等を積極的に実施して入場者数も年間10万人を維持している。これは、現在各地の文学館の入場者数が減少傾向を示す厳しい現状の中で、驚くべき数字である。それは、文学館の持つ基本的理念である藤村の遺した貴重な資料保管・展示だけでなく、木曾馬籠の地元の人々の理解と賛同、地域文化発信の拠点として子供達や一般市民への教育文化活動といった地域社会との交流を深める地道な取り組みの成果である。文学館・博物館等の文化施設は、運営する人と訪れる人と住民との良好な関係で成立する。公の文化施設の苦難が続いている中、山深い木曾馬龍にある藤村記念館の存在は、個人文学館のあるべき姿を具現していると言える。
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