平成17年度は、源頼光と四天王の物語の研究、江戸期子ども絵本における英勇譚の作品リストの作成、江戸期子ども絵本における英雄像の変遷の研究、報告書の作成を主な計画内容として研究を行った。江戸時代から現代の子どもの読み物における英勇譚は思いの外多いが、資料収集、資料分析、考察を重ね、中で注目すべきものの一つに絵草紙に見られる源頼光と四天王の物語があると判断した。研究の最終段階として、源頼光と四天王の物語を中心におき子どもの読み物の英勇譚を考えてみたい。 頼光は史実よりも伝承によって英雄像が形作られてきた。頼光の英勇譚は、中世の『平家物語』などの軍記物語に描かれ、室町時代から江戸時代には、絵巻物『大江山絵詞』『酒伝童子絵巻』や御伽草子『酒呑童子』などの物語、能「羅生門」「大江山」や人形浄瑠璃「嫗山姥」や歌舞伎「四天王稚立」「長生殿白髪金時」などの演劇、『頼光一代記』などの木版刷りの絵入り本や絵草紙、浮世絵などの絵画、と多分野で造形されていった。さらに、寺子屋の教科書や文房具である往来物や折手本、玩具のおもちゃ絵、凧絵などにも取り上げられ、頼光は子どもたちの身近な存在でもあった。頼光の英勇譚は生臭い現実的な史実から大きく飛躍した架空の物語、ファンタジーであり、様々な媒体、メディアに拡大しながら、多くの民衆が創り上げてきた、日本国民の心性が反映した物語といえる。 近現代でも明治前期までは、江戸時代と同様の木版刷りや銅版刷りの絵本で継承され、その後も、大江山の酒呑童子退治話や渡辺綱が鬼の腕を切る話を中心に、歌舞伎「茨木」「戻橋」などの演劇、映画「源頼光」「大江山酒天童子」などの映像、『大江山』などの児童読み物、教科書の教材、『講談社の絵本大江山』『鬼のうで』などの絵本、ねぶた祭の山車、凧の武者絵などによって伝えられた。 このように頼光とその家臣たちの英勇譚が飽きられることなく、親しまれ続けたのは英勇譚そのものに魅力があったからだと考えられる。史実からは大きく離れている荒唐無稽でなおかつ人々をわくわくさせる話の魅力である。このように考えれば、頼光は消えたのではなく、頼光の英勇譚に心を躍らせた日本人の心性は現在まで続き、ファンタジーに惹きつけられる現象につながっているのではないだろうか。頼光たちの英勇譚は長い年月かけて、いろいろな媒体によって継承され、広く深く日本の文化の深層に定着した、いわば私たちの物語であり、新たに次世代への継承を必要としていると考える。
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