「武家文化圏で制作された古往来についての研究」として本年度はまとめの年にあたるが、予定した成果を出すには至らなかった。『新撰遊覚往来』と『異制庭訓往来』との本文校合の成果を踏まえ、主として、両者の重なりとずれを見ることに力を注いだ。 まず、「重なり」を見ること、すなわち、共通する話題につき、語群提示の仕組み、語句増補の方法等に焦点を当て、『異制庭訓往来』の一通一通がどのようにして書かれ、編集されたかについて考察した。その結果、『異制庭訓往来』の本文制作は、『新撰遊覚往来』の持つ語彙群を、往状・返状にとどまらず複数の月にわたって縦横に選び取りつつ一通に仕立てていること、また、仕立てられた一通は、記主に独自の理論を中国・本朝故実の典型例を数え上げることによって展開される場合が多いことが見えてきた。 「ずれ」については、『新撰遊覚往来』に取られず、『異制庭訓往来』に新たに登場して『庭訓往来』に引き継がれた話題に注目した。新出の話題は、新興勢力である武家の価値観を具現すると思われる武力・財力に集中する。武家文化圏の価値観については予想外に幅が大きく、鎌倉を中心にした資料から推測しているが、これを『異制庭訓往来』の成立文化圏と見て良いかについては、まだ自信がない。今後さらに、細かく調査し、検討していきたい。
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