唐代の芸能や行事は、古代からのさまざまな伝統的な民俗行事(たとえば正月、寒食、清明節、七夕、社日、駆儺など)や宗教儀礼(祈雨、中元節、孟蘭盆会など)をうけつぎ、発展させてきた。だがそうした発展は、一方ではこれらの行事や儀礼から、しだいに本来の厳粛さを失わせ、世俗の波の中で芸能化大衆化されていった。またさらには士人の手により、志怪伝奇小説などにまとめられ、新しい意味を賦与される形で、再び民衆の中に浸透していった。本研究では、こうした唐代の民俗宗教行事と芸能と伝奇小説との間の、複雑かつ循環的な相互関係について、新しい視点を導入し、かつ具体的な作品分析を通じて、その関係の網の目の一端を解明することができた。洞庭湖の龍の一族の活躍を扱った「柳毅伝」、槐樹の中の蟻の世界を描いた「南柯太守伝」、異類たちの夜宴を主題にした「東陽夜怪録」など、荒唐無稽にもみえるこれら物語に、じつは当時の民俗行事や芸能が形を変えて投影されていることを指摘した。本研究で示した、「柳毅伝」と投龍儀礼や観潮行事、「南柯太守伝」の背後に流れる聖樹と三公の臂喩としての槐樹のイメージ、「東陽夜怪録」の異類のパロディと人間との距離感など一連の指摘や、唐詩を網羅した社日の表現や意味の全面的な検討は、従来にはない研究手法や指摘であり、今後の唐代の芸能と文学の関係をさぐる上で、有力な手がかりになるものと思われる。
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