本研究は、中国古典文学の基核をなす「言志」の精神が、個々の文学者にあってどのように発揮されてきたか。三国魏末の阮籍・〓康から晋末宋初の陶淵明、北周の〓信へと受け継がれていく様相をみきわめることを目指したが、とくに個々の文学者の詠懐の詩を検討することによって、それを具体的に明らかにしていくことに主眼をおいた。 第一年度は主として、阮籍・〓康の言志性の確認と、それがどのように陶淵明へと展開されていったかを見た。第二年度は主として、阮籍・〓康の詩以外の作品への見通しからその全体的な文学営為を位置づけ、西順蔵の〓康論を再評価することによって、西の思想論文から文学研究に向けた可能性を見ることの意義について検討した。また、江淹の「效阮公詩」の連作における阮籍受容の意味を確認した。 最終の第三年度にあたる今年度は、〓信の「擬詠懐詩」を精読することによって、具体的な阮籍受容の様相を検証した。その詩空間に通底する精神と、そこから〓信独自の自己剔抉のありようについて考察を続けた。そして、阮籍の「詠懐詩」を直接模すだけの作品ではあり得ないところに、かえって強く〓信の「言志の精神」が発揮されてあると結論づけた。単なることばの模倣や、阮籍的な褊激の生をなまの声でうたいこむだけではない、表現として自立する姿があるとしたのである。
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