本年度は、意味解釈にとって重要な役割を担う論理形式(logical form=LF)の派生について研究を行った。生成文法ミニマリスト・プログラムにおいては、Chomsky(2001)'Derivation by Phase'以降、フェイズごとに意味情報が意味解釈へ送られ、表示のレベルとしてのLFの破棄が示唆されている。しかし、Fox(2000)、Merchant(2001)等が主張するように、LFの存在を仮定すべき根拠も依然として存在する。この言語理論上の対立を解消する案として、派生はフェイズを単位として行われるが、解釈不可能素性の照合が行われた構造は、解釈部門に送られるのではなく、統語対象の一部として存続する、という着想を得た。これによれば、統語構造は、必要な統語操作を完了し、純粋に解釈可能な素性のみからなる部分(部分的LF)と、その上に存在し、解釈不可能素性を含み統語操作の適用を必要とする部分が共存する。フェイズ単位で派生がすすみ、すべての解釈不可能素性が照合されると、自動的に解釈可能素性のみからなる統語対象(従来のLFに相当する)が得られる。この着想は、現在準備中の論文によって発表予定である。さらに、今年度は、条件のif節の考察を通して、主節の上位に発語内行為に関わる抽象的な節(遂行節)が統語的存在すると考える遂行分析が本質的に正しいことを論じた研究を、国際学会Linguistics and Phonetics 2002で発表した。この研究は、Kaneko(2003、印刷中)として公刊予定である。この発表の主張が正しければ、フェイズを単位として循環的に音声的に具現化する際に問題となる、主節の書き出し(Spell-0ut)に関して、主節は、音声的に具現化される必要のない抽象的な遂行節の補部となることにより書き出しを受けるとする考え方に、経験的支持を与えることになる。
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