本年度は、意味解釈プロセスにおけるサイクル(cycle)の問題に関して、漸進的LF形成仮説の構築と、それに関わる具体的現象の基礎的研究を行った。 LF(論理形式)の形成に関しては、二つの考え方がある。一つは、統率束縛理論以来の考え方で、LFを統語部門の出力となる表示レベルと捉えるものである。もう一つは、最近のChomskyの提案に代表されるもので、統語構造の構築におけるサイクル(具体的にはフェイズ(phase))ごとに意味情報が少しずつ意味解釈部門に送られると考えるものであり、伝統的な意味でのLF表示は存在しない。本研究では、第三の可能性として、統語操作によって解釈不可能素性が消去されて解釈可能素性のみからなる部分は、サイクルごとに意味部門に送られるのではなく、そのまま統語構造の一部として存在し、最終的に解釈可能素性のみからなる構造が派生されると考える仮説を構想した。すなわち、解釈可能素性のみからなる部分が統語派生の過程で漸進的に構築され、派生の最終段階で、伝統的な意味のLF表示が生み出される。この考え方によれば、照応束縛、離接指示などの、要素間の意味関係に関わる解釈が派生の途中で行われて意味部門に順次送られる可能性を否定しない。同時に、上位のフェイズにある要素が、下位のフェイズ内に存在する意味素性に言及することが可能であると主張するものである。 この漸進的LF構築仮説の整備と共に、これと密接に関わる現象として、フェイズと考えられている小動詞句(vP)の内部要素と外部要素に言及する時制解釈現象、主節と従属節の間の時制の依存現象(いわゆる時制の一致現象)、法助動詞の時制解釈プロセスにおける役割、副詞の意味解釈と統語構造の対応関係等について研究を行い、最終年度の研究展開の基盤固めを行った。さらに、ディスコースレベルの漸進的解釈の基盤として、Smith(2003)等の談話表示理論の研究も行うと共に、インターネットを活用し、文献情報を整備した。
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