研究概要 |
本年は、研究の総括として、時制解釈を題材として、意味解釈規則適用モデルを構築した。このモデルでは、Pesetsky(1989)の早期適用の原理(Earliness Principle)に従い、当該の情報が統語構造に導入された時点で、漸次的に時制解釈が行われる。このモデルは、単文の時制解釈を適切に説明できるだけでなく、主節と非定形補文、および主節と定形補文の時制解釈、および時制の一致(sequence of tense=SOT)に係わる現象を適切に説明することができる。このモデルでは、特定の範疇を解釈規則適用のための循環(サイクル)と規定する必要はない。これは、特定の範疇(νPとCP)をフェイズ(phase)として規定するChomsky(2001a,b)のアプローチとは異なる。また、SOT現象の説明にはSOT調整規則が必要であることが明らかとなった。このSOT調整規則は、解釈解釈によって得られる意味表示に変更を加える操作であるが、重要な点は、この操作が統語構造の情報を適用条件としている点である。Chomsky(2001a,b)の枠組みで言えば、SOT調整現則は、統語構造に直接適用されるか、または、意味解釈部門に転送(transfer)される情報が、統語構造の情報を含んでいることを意味する。 以上から、上記のモデルを分散意味論(distributed semantics)として発展させる構想を得た。新モデルでは、統語的派生の過程で解釈不可能素性の照合・削除が完了し解釈可能素性のみとなった部分は、統語対象(syntactic object)であると同時に、意味対象(semantic object)と考える。派生が完了した時点で、統語対象全体が意味対象となる。意味解釈部門の規則は、適用可能な時点で当該の意味対象に対して分散的に随時適用されると考えることができる。
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