平成16年度は研究の3年目であったが、前年度までに固めた基礎的研究の上に立ち、本格的な展開を迎える年度となった。まず前年度からの引き続きの研究として、オスカー・ワイルドの同性愛表現の新たな展開を、論文としてまとめ(「The Picture of Dorian Grayにおける絵画と音楽の対照」(『オスカー・ワイルド研究』第6号所収)発表した。これは同性愛を表現するにあたり、絵画によって同性愛を表現しているという従来の見解を覆し、絵画に対して音楽という対立軸を据えて、むしろ言語という枠組みを超えうる音楽の様式にこそ同性愛表現の可能性を託していたことを明らかにしたものである。この研究のラインでは、1月下旬に口頭発表ではあるが、「同性愛的身体の構築と脱構築」と題して、ワイルドの戯曲、"The Importance of Being Earnest"について分析し、この作品こそ言語テクストそのものにおいて純粋に倒錯性を表現しえた、ワイルド文学の真骨頂であることを明らかにした。この研究は来年度までに活字にして発表する予定である。 また、ラディヤード・キプリングについての論考、「帝国の幽霊たち-ホモフォビアとミソジニーの植民地表象」を『キプリング-大英帝国の肖像』(彩流社)中に発表した。ここでは帝国という男性的事業の幻想性とそれがいかにホモセクシュアルな感情を伴っていたか、しかしそれがホモフォビアとミソジニーという規制装置によって干渉され、それが幽霊という表象となって表現されていたことを明らかにした。帝国というシュミラークルな磁場における同性愛表現の可能性に新たな光を当てた論考である。 最後に、昨年度発表して大変高い評価を得た夏目漱石についての論考、「エロスの罪と呪われた過去」に関連した研究、「漱石とワイルド」を発表した。これは漱石の精神の根底にあったホモソーシャル性とそれと不可分なホモセクシュアル性とが近代化によっていかなる精神的打撃を受けたかを跡付ける筆者の研究の一環であるが、漱石の初期三部作の第一作、『三四郎』においてもワイルドの影響が色濃く見られることを明らかにした。このラインの研究は、『それから』に引き継がれ、本年1月に日本比較文学会東京支部1月例会において「『それから』と近代日本の感情教育」というタイトルで発表し、これも大変好評を博した。現在この発表に基づいた論考を執筆中であり、その成果は来年度に刊行できる予定である。
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