本研究はトマス・ハーディの初期小説に施された改変をたどり、その全容を解明することによって、初期小説に固有の改変の文法を明らかにすることを最終目的にする。この目的を達成すべく、平成14年度は(1)『はるか群集を離れて』の改変研究、(2)『帰郷』の改変研究に従事した。 (1) 『はるか群集を離れて』の未定稿にあたって改変をデータ化した。分析対象となったテクストは、雑誌掲載版、1874年版、75年版、77年版、96年版、1912年版、19年版である。草稿はマイクロフィルムで入手する予定であったが、アメリカの図書館の事情によりマイクロフィルム化が大幅に遅れてしまった。そのため、草稿内部における改変の研究は来年度に行わざるをえなくなったが、それ以外に関しては順調に研究は進んでいる。現在は、改変の軌跡--語りの脱エロス化の軌跡--を効果的に提示するため、データをコンピュータ化している。また改変の軌跡をたどることで明らかになった、ハーディの構想と創作の関係については学会誌に発表した。 (2) 初期小説に固有の「改変の文法」を明らかにするためには、中期・後期小説の改変の軌跡と比較、検討する必要がある。そこで14年度は中期の代表作、『帰郷』を取り上げることにした。『はるか群集を離れて』に比べて『帰郷』は分析すべき版がやや少ないため、14年度中に草稿から最終稿に至るすべての版(草稿、雑誌掲載版、初版、1880年版、1895年版、1912年版)にあたることができた。その結果、新たに明らかになったのは、(1)1895年版が最もエロス化されたテクストであること、(2)エロス化の代償として、1895年版以降のテクストでは、語り手の紡ぐ物語とクリムの物語との間に奇妙なずれが生じていること、である。この発見は、日本ハーディ協会第45回大会におけるシンポジウムで発表し、多くの参加者から好意的な反応を得た。現在はこの原稿にさらに手を加えて論文を執筆中である。
|