本研究は、モダニズム期のアメリカ詩人ハート・クレインの詩と詩論を、同時代の「抽象」についての言説に照らし合わせてあらたに考察することを目的とした。その際、(1)彼の詩の抽象性に「構成主義」的特徴を見ること、(2)その抽象性を同時代のアメリカの画家ジョゼフ・ステラの試みと比較すること、(3)彼の詩言語の抽象性と同性愛の関係を明らかにすることを試みた。これらの課題に取り組むために、クレインの詩作品をはじめとするテクストの再解釈を試み、ステラの作品集・研究書をもとに彼の絵画作品の背後にある「抽象」についての考えを分析した。まだ、ニューヨークのコロンビア大学図書館およびホイットニー美術館にて、資料収集と調査を行い、国内では日本エズラ・パウンド協会大会に参加して、モダニズム研究者と意見交換した。 研究の結果、クレインの詩に見られる抽象の性格について、次のことが明らかになった。(1)パウンド型の「構成主義」的抽象に加え、「再現性消失」の意味での抽象化が戦略的に試みられていること。2)その抽象化は超越性獲得のための手段、あるいは、超越性希求の試みの結果であると考えられること。(3)作品中に描かれる同性愛およびそれに伴う身体的苦痛は超越性獲得のための儀式であり、言語における抽象化の試みはその儀式と連動していること。 以上の研究結果をもとに、研究成果報告書を作成した。報告書には『橋』をのぞくクレインの詩作品の試訳を含めた。なお、研究成果の一部は学会での口頭発表および論文のかたちで別途公表する計画である。 今後は本研究、そして、すでに一部考察を終えているスティーヴンズ、スタイン、パウンドと抽象に関する研究に加え、アメリカの他のモダニズム詩人の抽象理解についての研究にも取り組み、アメリカのモダニズム詩と抽象をテーマにした包括的研究を進展させる計画である。
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