平成14年度の研究実績は、理想言語論の思想史的概観、17世紀イングランドの「普遍言語論」の研究、およびこの17世紀理想言語論と18世紀の「哲学的言語」の関連の解明を中心として行った。 まず、理想言語論の思想史上の流れを確認するため、アメリカの観念史学派、フランス現代思想系の研究、ならびに日本における研究を集中して概観した。この過程で、近代啓蒙主義の認識論の中に理想言語論を位置付けたフランス系の研究に、経験論哲学を解釈の基盤とする英米系の研究を接合することが可能であることが明らかになり、当該研究にとって重要な方向付けがなされた。 次に理想言語論と近代の他の文化現象を、代理表象という概念に依拠して関連付ける研究を試みた。これにより、政治における代表民主主義制、哲学におけるコミュニケーション論、宗教における神とのコミュニオン、そして文学の修辞的言語論などの文化現象の文脈で、理想言語論は読み解かれ得るものであることが示された。 これら概論的、理念的研究と並行して、本年度は第一次資料を精査し、主に17世紀の言語論が政治運動と思想的結節点を共有することを実証的に考察した。王立協会や大学の内部で「普遍言語」案出に関わったウィルキンズら学者思想家が、人工言語の表象システムの中に全ての事象を包括し、支配するという王党派的イデオロギーを体現していることを指摘することができた。 最後に研究の次の段階への橋渡しとして、17世紀の「普遍言語」から、18世紀の「哲学的言語」と呼ばれる理想言語概念への変遷を、観念連合心理学における言語コミュニケーション論の中に探った。ここでは18世紀の理想言語論が、共和主義体制における国民の一般意志の反映と同じ種類の、完全なコミュニケーションへの希求と軌を一にする思想運動であることが解明され、17世紀と18世紀の言語論の明確な差異が始めて明らかにされつつある。
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