本研究は、17世紀の市民革命の時代と、フランス革命前後のいわゆるロマン主義の時代のイングランドにおける理想言語論を、広義の政治性に関連させ読み解く試みであった。 研究の前半部では、文化理論と観念史的研究を参考にしながら、理想言語論の文化史的意味を定義する作業を行い、言語論と政治性の関わりの一般的な様相を確認した。さらに、主に17世紀の言語論が政治運動と思想的結節点を共有することを実証的に考察した。王立協会や大学の内部で「普遍言語」案出に関わったウィルキンズら学者思想家が、人工言語の表象システムの中に全ての事象を包括し、支配するという王党派的イデオロギーを体現している17世紀の理想言語のイデオロギーを指摘することができた。 研究の後半部では、18世紀後半の政治的急進主義と言語理論という歴史的文脈に、イギリス・ロマン主義が提唱した理想言語論を位置付け、ロマン主義の言語意識を広義の政治的イデオロギーとの関連で解明した。思考と言語記号とが一致する理想言語が、フランス革命や共和主義思想における一般意志の完全反映という政治的理想と同種の試みであることを明らかにし、さらに、イギリス・ロマン主義前期の理想言語論「哲学的言語」をこの流れに位置付けた。中でも、イギリスの政治活動家であったホーン・トゥックの言語理論とロマン派の言語意識を関係付けたことは、ロマン主義がイングランドの急進主義的政治活動と表裏一体を成す思想運動であったことを明確に証明した成果となつた。 本研究は上記以外にも、事物の包括的支配を目指す17世紀の理想言語と、意志や意味の直接反映を目指したロマン派の理想言語という、対極的な事象を扱ったことによって、歴史上の他の理想言語論を位置付ける指標を定義するという成果を生み出した。
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