イギリスにおいて「自然」に関心が寄せられ始めたのは18世紀であった。グランド・ツアーや海外への拡張政策によって異質な「自然」に接した結果、国内の「自然」を発見してその改良に着手した時代である。しかし、当時の人々が「自然」とみなしたものは、「ピクチャレスク」という美意識によって切り取られた「風景」であり、17世紀のイタリアの風景画に描かれた景観を理想として「自然」を作り上げようとしたのである。それが実践に移されたものがイギリス式風景庭園や風景詩、ピクチャレスク・ツアーであった。そして、19世紀に入るとJ.M.W.ターナーやジョン・カンスタブルに代表される風景画の全盛期を迎え、20世紀になって徐々に衰退してゆく。この過程において関連するさまざまの問題点を、博物学や帝国主義イデオロギーの観点から明らかにした。 また、アフリカや日本の「自然」を主題とした著作の書評を通して、イギリスの「自然」観の独自性をピクチャレスク美学に求め、18世紀の美学理論と旅行文学の関係に着目した。ガイドブックを片手に馬で運ばれるピクチャレスク・ツアーに対して、世紀の終わりになって若者たちのあいだで流行し始めた徒歩による旅が孕んでいた文化的・政治的イデオロギーを考察・研究しながら、歩くことによってピクチャレスク美学からいかにして脱却し、あるがままの「自然」を発見することになったのかを明らかにした。そのため、イギリス・ロマン派を代表する詩人ウィリアム・ワーズワスを取り上げて、彼が一時は熱狂していたピクチャレスク美学をどのようにして乗り越えていったのかを作品に則して考察した。
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