1.主として次の4点において、所期の成果を上げることができた。 (1)「ロマン派医学」と密接な関係を有するヨーロッパ啓蒙主義文献を収集し、これを解読・分析した。 (2)18〜19世紀の医学や医療文化に関する資料・文献を、イギリス・ロマン派との関連で解読・分析した。 (3)ロマン派医療文化の思想的・体験的担い手(医者/患者)の仕事という観点から、ワーズワスとコウルリッジとキーツの作品の分析研究を行った。 (4)大英図書館を中心に、国内では入手困難な文献の調査・研究を行うとともに、「ロマン派医学」とエコロジーの観点から、現地で適宜フィールド・ワークを行った。 2.具体的成果としては、4編の論文((1)キーツと「悲しみの秘儀」--Ode on Melancholy論(その一)、(2)同(その二)、(3)メランコリーの詩学--「静穏の洞窟」と『メランコリーのオード』、(4)ワーズワスと自然崇拝--Tintern Abbey考)ならびに1回の講演「キーツとメランコリー」(於:北九州市立大学)がある。 論文(1)、(2)では、17・18世紀の医療文化の伝統の担い手としてのキーツ(医者/詩人)とメランコリー患者としてのキーツの両面性が作品化されていく過程を実証した。論文(3)と講演では、キーツやワーズワスに典型的に見られるサイコソマティックな作詩メカニズムを解明すると同時に、彼らの抑鬱状態が一種の癒し/救済の契機を内包するものであることを証明した。論文(4)では、コウルリッジとの比較においてワーズワスの自然崇拝の昂揚と衰退の軌跡を辿り、ワーズワスの変質・変貌(「自然詩人」としての質の劣化)の陰で繰り広げられた詩人の内面のドラマに光を当てた。このドラマは、詩人の自己救済と信仰をめぐる心の葛藤から生じたものである。
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