(1)等質物語世界的語りをカヴァーし得る物語り状況の共時モデルを策定し、(2)さらにその共時モデルを用いて、プレモダンとポストモダンに顕著な等質物語世界的小説の語りの変容を記述することが本研究の課題である。 (1)等質物語世界的語りの物語り状況の共時モデルたる本研究が提案する類型論は、Stanzel(1979:改定2版1982)及びGenette(1973:1983)の物語り状況の類型論の折衷として試みられる。但し、O'Neill(1994)の「物語内容は、二重の媒介、つまり「語る声」と「見る眼差し」を通して提示される、あるいは、物語テクストにと変形される」という認識を前提として、(a)語りの水準の特定化を含む語りの「コミュニケーションの場」の範疇、(b)「語る声」の分節範疇としての「声」の範疇、(c)「見る眼差し」の分節範疇としての「焦点化」の範疇を不可避の範疇として設定する。そして等質物語世界的語りの物語り状況にとって、最も重要と思われる(d)語り手の<わたし>と登場人物の<わたし>の関係性の範疇を設定する。 (2)この(d)の分節範疇から言えることは、17・18世紀の等質物語世界的小説(例えば、自伝的形式、旅行記形式、日記・書簡体形式の小説)の多くにあって、登場人物の<わたし>と語り手の<わたし>の間の齟齬はきわめて稀であって、この両者の連続性が語りの信頼性を保証する。それに対して、ポストモダンのいわゆる実験的小説のみならず20世紀後半の多くの等質物語世界的小説にあっては、登場人物の<わたし>と語り手の<わたし>の間の関係性の棄却・齟齬という現象が一般的に見られる。これは、語りの信頼性の問題圏域を越えて、<わたし>という主体概念の基本的な変容に関わる現象として分析されるべきである。
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