本年度は、以下の点を中心に、14-16世紀のイギリスおける、いわゆる「ポピュラー」な書物の特質を明らかにするための基礎調査をおこなった。 1.15世紀に制作された英語の宗教作品のアンソロジー写本に関する、内容調査および未刊行テクストの転写。 (a)英国図書館所蔵英国図書館MS Addit.22720について、詳細な内容リストの作成および未刊行テクストの転写を開始した。とくに宗教的主題の挿絵を含むMS Addit.22720については、ほとんど先行研究がないが、挿絵のイコノグラフィーの調査を通じて、同時代の壁画と具体的な結びつきがある可能性が生じたため、15世紀のイギリスの教会美術について資料を収集している。文学テクストと同時代の教会美術との主題およびモチーフの共有は、中世後期において「ポピュラーな」テクストの定義にとって重要な要素である。 (b)慶應義塾図書館所蔵の15世紀英語写本(Hopton Hall MS)に関して、未刊行テクストの転写を進めた。未刊行テクストの多くは、中世後期の説教・教訓文学からの抜粋と推察されるが、具体的な典拠を同定するために、14-15世紀の英語の宗教文学作品とのテクストレベルでの比較を進めた。 2.14-16世紀おいてもっとも広く流通していた「時祷書」に関する資料調査。 15-16世紀のイギリスに多くの書物を輸出していた北フランスで制作された「時祷書」について、複数の写本、印刷本のファクシミリ、デジタル画像を入手し、挿絵およびテクストの相互比較を開始した。特に16世紀初頭の印刷の時祷書で欄外装飾として使用されている木版画のイコノグラフィーを同定した結果、それらが、複数の版で再利用されている一方で、テクスト内容とかなり密接な相関関係を有していることが明らかとなった。
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