研究概要 |
本年度は、以下の点を中心に、14-16世紀のイギリスおける、いわゆる「ポピュラー」な書物の特質を明らかにするための調査を進めた。 1.Robert Holcot, Moralitatesの流通と典拠に関する研究。 (a)中世後期に広く流通したポピュラーな書物のひとつに、説教者用の逸話集や手引き書がある。14世紀にオクスフォードで活躍したドメニコ会士Robert Holcotの説教者用教訓逸話集Moralitatesは、14-16世紀に写本及び印刷本で広く流通した。その中では、美徳や悪徳など、さまざまな概念が擬人像やエンブレム的なイメージで表現されているが、それらを同時代の同種の説教逸話集と比較することで、イメージの機能について考察した。抽象観念を視覚化するイメージの機能に注目することで、こうした説教逸話集が写本と印刷本の両方の形態で人気を保ち続けた理由を、近代初期のエンブレムの流行とも関連づけて考えることが可能となった。 (b)昨年度に続いて、慶應義塾図書館所蔵の15世紀英語写本(Hopton Hall MS)中の未刊行テクストの転写と同時代の関連作品との比較、英国図書館所蔵英国図書館MS Addit.22720における37049を進めた。未刊行テクストの多くは、中世後期の説教・教訓文学からの抜粋と推察される挿絵のイコノグラフィーの調査を進めた。 2.14-16世紀おいてもっとも広く流通していた「時祷書」および関連書籍に関する調査。 昨年度より継続している北フランスで制作された「時祷書」に関する比較研究を継続した。同時に、16世紀にフランス語および英語で刊行されて広く流通したThe Kalender of Shepherdsについて、16-17世紀に英語で刊行された全ての版を詳細に比較し、その木版画の図像についてデータベース化を開始した。この書物については、そのポピュラリティにもかかわらず、未だ詳細な比較研究が存在せず、典拠についてもほとんど論じられていない。比較研究を通事で、16世紀初頭のフランス語版が英訳され、複数の英語版で流通してゆく過程でテクスト及び挿絵が変化してゆく様相を具体的に跡づけた。
|