[研究計画進捗状況・研究による新たな知見] 1.昨年度の研究の中心となったホロコースト小説における「記憶」の問題を、今年度は「歴史」というマクロの概念から「人間の自己の歴史」というミクロの基軸に変位させて研究を展開した。昨年度も取り上げたAnne MichaelsのFugitive Piecesを、この新たな視点から考察した論考を津田塾大学の『紀要』にまとめた。 2.児童文学が「大人」によって構築される文学形態でありながらなおかつ「こども」を射程とする物語であることから生じる「語り」の二重性の問題に着眼し、歴史の転換点である20世紀初頭の作家としてA.A.ミルンをとりあげ、「物語の中のこども/おとな」というテーマで論考をまとめた。かつての「こども」である自分の「記憶」が、作品を生み出す過程で「大人」としての作家の「現在」と二重構造をなす過去と現在の二重性をどう宥和させるかが、時代へのノスタルジーと「現在」の二重性から「歴史」を構築していく歴史小説を通して意味づけられていく「歴史意識」と関連づけられることが命題として浮かび上がった。 3.このような歴史意識のありようが文学において摸索された背景に二つの世界大戦があること、文学においては特にその狭間にあったモダニズムの作家に共通するものであるとの前提から、その中の代表的な作家であるヴァージニア・ウルフにおける「記憶」の問題を検証している。ウルフ研究は、本研究の第一部をなすものであるが、ウルフの実験小説を「個人」の記憶の物語から「歴史意識」という物語への転換と捉える視座が開けたといえる。とくに彼女の小説が後期になるにしたがって「個」から「集団」へ、「自我」から「無名性」へと変化していく過程は、人間の個人の人生を通して発現してくる歴史意識の表現であると仮定できる。 4.以上のような展開から、研究の最終項目となる1960年代から現代に至る文学における「喪失からの回復」にテーマをしぼって研究を進める予定である。
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