クリストファー・マーロウの人脈を跡づける上で、彼を指導したフェローたちの社会的背景や人脈を知ることは非常に重要であると考え、(1)コーパス・クリスティ学寮のパーカー・ライブラリーに所蔵されているAudit Book(学寮会計簿)の調査をおこなった。その結果、クリストファー・マーロウを指導したフェローたちが、ノーフォーク及びサフォークのジェントリー、とりわけサー・ニコラス・ベイコン(国璽尚書ニコラス・ベイコンの長男)及びベイコン家との関係を、学寮への多額の寄付によって深めていたことを確認けることが出来た。実際、ノーフォーク・レコード・オフィス(NRO)で発見したフェローたちの遺書を見ると、彼らがノーフォーク及びサフォークの地縁によって、比較的実入りの良い教区主任牧師になっていることがわかる。このことはマーロウの所属していたコーパス・クリスティという学寮が、イースト・アングリア地方在住のプロテスタント急進派ジェントリーの庇護下にあるということ、そしたベイコン家人脈が、法学院グレイズ・インのフランシス及びアントニー・ベイコン兄弟にも直結することを意味している。この発見は今年度の調査の貴重な成果である。学寮の人脈研究と同時に、(2)ケンブリッジ大学における演劇的伝統についての調査を、ケンブリッジにおける演劇上演史料を集成したRecords of Early English Dramaを中心に行った。その結果、セネカ悲劇の模倣と発展という傾向がケンブリッジ及びオックスフォードに見受けられ、ラテン語による勇猛かつ暴力的な科白回しが盛んに取り入れられるようになること、そして特にケンブリッジでは学寮単位での諷刺劇の流行が見られることを確認した。これは、マーロウやナッシュといった大学才人達が、どのようにして大学の演劇的伝統をロンドンの大衆劇場に持ち込むに至ったかを考える上で、重要な発見であった。
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