研究概要 |
平成16年度は論文発表と史料調査という二つの軸で研究を展開した。 まず論文発表に関しては、この研究過程で発見した重要な史料、すなわち1587年にウィリアム・オースティンというコーパス・クリスティの学生が関わった係争事件を中心に、マーロウがカンタベリーのキングズ・スクールを中心にした人脈に属し、学寮に存在するイースト・アングリア地方からの学生集団と確執があったであろうことを明らかにした。新しい史料の発見のみならず、この確執こそケンブリッジ大学卒業時にマーロウに纏わる噂話が生まれてくる土壌になっていたという結論が、この研究の大きな成果であると言える。この研究成果に関しては"Christopher Marlowe, William Austen and the Community of Corpus Christi College"と題する英語論文にまとめ、Studies in Philologyに掲載発表の予定である。 また、引き続き、昨年度行うことが出来なかったケンブリッジ時代の友人・先輩の交友関係の調査を行った。特にイースト・アングリア地方出身の学生グループは(フェローも含めて)ピューリタン的な傾向をもつことは平成14年度の調査で明らかになっているが、ノリッジ出身の学生にその傾向が強いことが明らかになってきた。その延長線上に浮かび上がったのが、コーパス・クリスティ・コレッジの卒業生で、ノリッジで教区牧師をしていたナサニエル・ウッズである。彼の作品Conflict of Conscience (1581年出版)がマーロウのDoctor Faustusとしばしば比較されることから、二つの作品において学寮の知的・宗教的な方向性が反映されている可能性があり、殆ど史料が発見されることのなかったウッズの手がかりを求めて、Norfolk Record OfficeのMayor's Court Bookの調査を行った。その結果、ウッズが(そしてノリッジの奨学生達が)市長及び市議会委員の庇護下で職を得、芝居を書いていたことを示唆する史料を発見した。それがどのように学寮文化とかかわるかはさらに調査を続けなければならないが、概してコーパス・クリスティ・コレッジにはカンタベリーとノリッジの地域色の強い気質・伝統が拮抗していたのではないかということが次第に明らかになってきた。
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