19世紀米文学の代表的作家ナサニエル・ホーソーンの研究は、この十数年ネオ・ヒストリシズムによって推し進められたが、私は独自の史的研究方法をとった。作者が歴史的事物を神話的主題に変容させて「ロマンス」を作り出すのに成功した、その視点から、彼の文学的創造の過程を跡づけてその作品の新しい様相を発見した。この3年間の関心は、アメリカの文化表象を形成した17世紀イギリスやその背後に拡がる中世、ルネサンス期ヨーロッパの慣習、芸術その他人間の思考と想像力の生み出した様々な文化表象、特に近代初期ハプスブルク王朝に収斂する。特に「タペストリー」、「真珠」、「肖像画」、「紋章」、「パジェントリーとスペクタクル」、「宮廷仮面劇」、「墓石」などはすべて神話的想像力を喚起する表象としてホーソーンのロマンス、わけても『緋文字』に統合されている。例えば<タペストリー>は芸術、文化の多様な側面を象徴的に結合する潜在的力を持ち、「多からなる-」という統合のテーマを生み出す。このテーマは近代初期ヨーロッパ諸国の君主達の一致した<Union>の理想を認識させる芸術的、社会的表象を見いだす。 ロマンスにおいてこの<Union>の理念に表現形式を与えようとしたのが、他ならぬホーソーンであった。顕著な例は、『緋文字』のヒロインの娘の"Pearl"という名前である。英語の"pearl"という言葉はスペイン語の"Margarita"に相当し、ともに象徴的に<Union>という意味を表す。『緋文字』で作者はハプスブルクの<Union>の理念をロマンスの構造に与え、そのことによって、神聖ローマ帝国に継承されていた<Union>即ち"Pax Romana"という古代の理想を、"The United States"において再現することに成功した。ホーソーン誕生の1804年は奇しくも神聖ローマ皇帝が事実上消滅した年であった。 ホーソーン生誕二百年を記念する2004年に、前回から続く当該研究の総仕上げとして『ホーソーン・《緋文字》・タペストリー』を上梓し、今後の研究に繋ぐことができた。
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