英語、フランス語、ラテン語のテキストが現存するAncrene Wisse(修道女の手引き)は、13世紀当時のイギリスの言語状況を反映している。本文からは、読者である修道女の中にフランス語を母語とする者がいたことが察せられる。原作は英語である可能性が高いものの、フランス語のテキストの一つが、非常に正確に写されており、E.J.DobsonのAncrene Wisseの写本の系統図(1976年)に示されている位置よりも、原作者が書いた写本にかなり近かったのではないかと思われる点がある。原作者が最初から、英語版とフランス語版の2種類を作ったのかもしれない。そのようなことが起こっても不思議ではなかった言語状況であったはずだ。15年度は、このような可能性について考えながら、より正確なAncrene Wisseの成立の実態を明らかにするために、大英図書館、ケンブリッジ大学図書館を中心に、英語、フランス語、ラテン語の3つの言語で書かれた作品を含む他の写本も調査し、それぞれの言語で作品を著すことの意味を考察した。 特にケンブリッジ大学図書館のrare-books roomには、世界的にもきわめて手に入りにくい資料が豊富にあるので、当時のイギリスの社会、政治、宗教、文化の背景についても、精力的に資料収集・調査を行った。版権が許す限りのページをコピーし、貴重図書のマイクロフィルムも購入したので、帰国してからも必要に応じて役立てることができた。中世文学及び、中世史を専門とする外国人学者との交流ち活発に行い、新しい情報交換をしながら研究を進めた。
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